あの日の君と追加シナリオ
それから〃er.1.4

―雨が降っていた。
朝からずっと止むことなく、より一層その勢いを増しながら。
その中で二人で雨が止むのを待っていた。
君と僕と二人で。




「まだ止まないね。」
あれからどのくらい時間が経っただろう?
今だ雨は止むことなく降り続けていた。
もうすぐすれば日が沈み、また夜が来る。
幼かった僕たちには、ずっと何かを待つということは、とても、つらくて。
二人ともすでに疲れ果て、話す言葉すら、なくなっていた。

「帰りたいよ。」
君が今にも泣き出しそうな声でそう言った時、聞きなれた声が聞こえた。

「やっと見つけた。ここにいたのか。心配したぞ。」
「森に入ってはだめだとあれほど言ったのに。」
二人が戻ってこないのを心配して、二人の親たちが捜しに来たのだ。
昨日からずっと探していたのだろう、親たちの声からは安堵感とともに、疲労の色が感じられた。

「さあ早く帰ろう、お家へ。」
親たちの大きな傘に入りながら、ライトに照らし出された道を家へと帰っていった。
君と、一緒に。




また夏がやってきた。
あの日から、もうすぐ15年が経とうとしていた。
15年前君と分かれてから今日まで一言も話していないけれど、君は僕のことを覚えているだろうか?

いつものように仕事を終え、君の入院している病院へと向かう。

「暑いな。」
いくら夕方とはいえ、陽射しが強く、頭がぼーっとしてくる。
外の暑さは半端じゃなく、病人に配慮してクーラーをあまりかけていない病院の中が涼しく感じるほどだ。
普段なら生ぬるく感じるのだが…。

「毎日大変ですね。」
看護婦さんが僕の姿を見て声を掛けてきた。
毎日来ているため顔を覚えられているのだろう。
「いえ、好きで来てますから。」
看護婦さんに挨拶を返し、いつものようにエレベーターに乗り、いつものように4階の君 の眠る部屋へと向かう。

そしていつものようにドアをノックする。

「はい。」
客を確かめるためドアを開けて一人の女性が顔を覗かせる。
僕がおばさんと呼ぶその人は『君』の母親だった。

「あらもうそんな時間?」
「ええ。」
僕は大体いつも同じ時間に来るので一種の時計代わりになっていた。
僕の姿を見て、おばさんが小さな手提げに手際よく荷物をまとめる。

「それじゃ後はよろしくね。」
「はい。」
おばさんもずっと一人では大変だろうと言うことで、朝と消灯までの数時間は代わりに 僕が君の傍にいることになっていた。
もっとも、すでに点滴ぐらいしかなく、まさに眠り続ける≠ニ言った感じであり、何かしなければいけないということは少なく、無いと言ってもよいくらいだった。
医者の話によれば、いつ目覚めてもおかしくない状態なのだそうだ。
しかし医者にそう言われてから6年が、僕が通い始めて3年がすでに過ぎていた。
その間、君はずっと眠り続けていた。

「ふう。」
背もたれのあるイスに深くもたれかかる。
先ほどまでおばさんが座っていたのだろう、まだほんのり温かい。
今日はいつになく仕事が忙しかった。
そのためか、イスに座ってしばらくすると、眠ってしまっていた。




「……だからね、引越しをすることになったの。」
幼い日の思い出。
君がどこかに行ってしまった日。
あの頃の僕にとっては考えもしなかった出来事。

「いつ?」
その時の僕はあまりのショックにそれを言うのがやっとだった。

「…今日。」
君は俯いたまましばらく考えた後、今にも消え入りそうな声でそう言った。
もしかしたら引っ越すことを言わずに行くつもりだったのかもしれない。
だいぶ前から知っていたのに言わなかったのだろう。
そう考えれば君が突然森に行きたいと言ったのも分かる。
それを当日になって言ったという事は、僕に、止めてほしかったのだろう。
でも、幼い日の僕には、そんな力は、なかった。

「気をつけて。」
僕はただ笑顔にもならないような作り笑顔で、震える声で君にそう言うのが精一杯だっ た。
言われて見れば部屋の中の物は、ほとんどがかたずけられていて、大きな家具がわず かに残っているだけだった。

「ばか。」
君は両目から涙をあふれさせ、自分の部屋の方へと行ってしまった。
そして、それが、二人が交わした最後の言葉だった。




「眠って…いたのか。」
病室の窓から見える外はもう真っ暗で、病室の寂しさをより一層明確なものにしていた。
夢の中に見た思い出。
確かもうすぐあれから15年になる。

あの日、君と別れてから。

「怒らせたからな。」
目覚めた時君は許してくれるだろうか?
あの頃は一度怒らせると3日は口を聞いてもらえなかった。
でも今は3日と言わず15年も話してくれてない。

「嫌われちゃったかな?」
問い掛けても君は答えるはずも無く、ただ眠り続けていた。

君の頬に手を当てる。
確かなぬくもり。
君はただ眠り続けているだけでここにいる、生きている。

君の胸に耳を近づける。
胸が、心臓が動いているのがわかる。

そしてその動きに引かれるように僕は再び眠りへと落ちていった。




あの日君がいなくなってからの僕の生活は、どこか欠けてしまったようだった。
楽しそうにしていてもどこか寂しかった。
だから僕は決めた。
必ず君を探し出して見せると、迎えに行くと。
たとえ、何があっても。

そして大人になり、僕はフリーのジャーナリストになった。

「本当にそれでいいのか?」
周りの人間は口々にそう言って僕を止めた。
そんなことをするよりいい会社に就職すべきだと、勉強ができるのだから無駄にすべきではないと。
しかし僕はそんなことはどうでもよかった。
決まった仕事なんかに就けば自由に君を探せなくなる。
でも働かなければ生きていけない。
だから僕はフリーのジャーナリストになった。

「これでやっと。」
君を見つけられる。
探すことができる。

僕は各地を取材しながら君を探した。
しかしそれは困難を極めた。

「知らないね。」
「ちょっと分からない。」
皆返事は同じだった。

だけどその時はついに来た。
ある取材のため訪れた病院。
そこの病室のひとつに君がいた。

僕は部屋の場所を聞くとすぐにそこへと行った。
でもそこに待っていたのはつらい現実だった。

「三年前に事故で。」
やっとのことで見つけた君は事故で眠り続けていた。

三年間も、ずっと一人で。




「ドクン。」
心臓の脈打つ音が聞こえる。
「ドクン。」
一定のリズムで刻み続けられる生命のビート。
それは力強く確かな音で僕の耳に届き『生きている』ということを感じさせてくれた。

「ドクン。」
もう一度、今度はより大きな音で聞こえた時、君がぴくりと動いた気がして―僕は飛び起 きた。
どうも君にもたれかかったまま眠っていたらしい。
カーテンを開けっ放しにしていた窓から月明かりが部屋の中を、二人を照らしていた。
時計はわずかに0時を回った所、あの日からちょうど15年目の日だった。

「んっ……。」
君のわずかにもらした声。
危うく聞き逃すところだったけど、15年ぶりの、君の、声。
今まで無かった変化。

さらにもう一度ぴくりと、今度ははっきりと君が動いた。
そしてついに君が目覚めた。

ゆっくりと、しかし確実に、まぶたが開かれてゆく。
「あっ……。」
最初自分がどこにいるか探るように君はきょろきょろしていたけれど、僕の姿を見つけ るとそう洩らした。
言いたいことは色々あるけれど、どれも言葉にならなくて。
僕は答える代わりにうなずいた。

そしてやっと言葉が出せた。
「迎えに来たよ。3年ぐらい待ったけど、でも君をずいぶん待たせたみたいだから。」
君は涙をあふれさせながら、ただ何度も、うんうんとうなずいていた。

「おはよう。」

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